大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)980号 判決

控訴人

世界長酒造株式会社

右代表者

小網與八郎

右訴訟代理人

池上徹

被控訴人

山田浩司

右訴訟代理人

清水賀一

外二名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人が訴外蔡妙子、同蔡邦子、同蔡淑珠、同蔡垂祐に対する神戸地方裁判所昭和四一年(ワ)第一一六一号建物収去土地明渡請求控訴事件の執行力のある判決の正本に基づき、原判決添付別紙第一物件目録記載の物件及び同別紙第三物件目録(二)記載の物件中同目録(三)G部分のうちの同第一目録(一)(二)の看板が附着する建物部分(壁、支柱を含む)について行なう強制執行はこれを許さない。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  本件について当裁判所が昭和五四年六月一三日になした強制執行停止決定(昭和五四年(ウ)第四四〇号決定)は、主文第二項の請求認容部分に限りこれを認可する。

五  この判決は前項に限り仮に執行できる。

六  訴訟費用は、一、二審ともを通じこれを三分し、その二を被控訴人とし、その余を控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一当事者間に争いのない事実

請求原因1の事実、即ち、被控訴人が訴外蔡ら五名に対する主文第一項記載の建物収去土地明渡請求事件の執行力のある判決の正本に基づき本件広告用工作物が取付られている本件建物G部分の収去、及び本件敷地明渡の強制執行及び訴外関はなに対する同G部分からの退去による本件敷地明渡の強制執行を行なおうとして、右関に対しては被控訴人の申立に基づき神戸地方裁判所執行官から昭和五二年一二月一二日付で執行断行の通知が発せられている事実及び請求原因2のうち、控訴人が本件広告用工作物を所有していること、訴外関が本件建物G部分及び本件敷地部分を占有していることは当事者間に争いがない。

第二控訴人の本件建物G部分に対する占有の検討

一事実の認定

〈証拠〉を総合すると、

(一)  昭和二二年三月二五日頃被控訴人は同人所有の原判決添付別紙第二物件目録記載の本件土地の従前地(以下、本件従前地という)を亡蔡謀邦に賃貸し、同人は同土地に店舗住宅(以下、移築前の本件建物という)を建築した。

(二)  昭和二四年一二月頃右謀邦は右店舗住宅の一室を関はなに賃貸し、同女は同室で酒場を経営。

(三)  昭和二九年五月二〇日、組織変更前の控訴人(興亜酒造有限会社)から右関はな及びその夫関小五郎に対し計二〇〇万円を貸しつけ、控訴人会社の製品である清酒「世界長」を専属的に販売する契約をした。

(四)  昭和三〇年頃控訴人は関はなとの間の契約に基づき、移築前の本件建物の前示関はな借用部分(以下、G部分と略す)の屋上に「世界長」を表示する広告用工作物(ネオン看板)を取りつけ、設置場所代及び電気料、看板管理(電気の点滅等)の費用として当初年額三〇万円、後に月額五万円を支払つていた。なお、右契約の際関はなは右ネオン看板取付の承諾料として金一〇万円を移築前の本件建物の所有者蔡謀邦に支払つた。

なお、右ネオン看板は国鉄元町駅前東口浜側にあり広告用ネオンとして独立した高い広告効果がある。

(五)  昭和三四年一二月一七日控訴人は関はなに金五〇万円を貸しつけ、その際関はなとの間で「店舗を他に売却、譲渡、賃貸等する際には、それら該当人に右ネオン看板を従前通り掲載させることの条件を納得させ且つ甲の承諾を得なければならない」「店舗を増改築或は都市計画により移転した際でも常に屋上に該ネオンを掲載すること、ネオンの修理、移転、諸税は全部控訴人が負担すること」との条項を含む商取引等に関する契約を締結した。

(六)  昭和三五年一月頃関はなは右店舗を増築し、控訴人は関はなの了解を得て前示ネオン看板をさらに広告効果の上がるものにつけ替えた。その際も従前どおりネオン看板の点滅等の管理を右関に依頼し、その修理等は右関からの連絡に応じて、控訴人が行うこととしていた。

(七)  昭和三八年六月一一日控訴人関はなを連帯保証人として、その夫関小五郎との間で金七六万九、四一八円を貸しつけたうえ、「従来のネオン看板設置契約に関し、飲食店店舗屋上に設置している「清酒世界長」なるネオン看板の設置場所の使用料及び電気料の額並びにその支払方法を変更し、昭和三八年六月一日以降は毎月二九日に金五万円を支払うこととする」旨の契約を締結した。なお、この金額は昭和五〇年一〇月頃以降は月額七万円に増額された。

(八)  昭和三八年九月三〇日神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区画整理事業に基づく土地区画整理の施行に伴い、施行者である神戸市長は本件従前地の仮換地として本件土地を仮換地とする仮換地指定を行ない、仮換地のうち一〇五、七八平方メートルについては使用収益開始日を昭和四二年六月八日と指定した。

(九)  昭和四一年八月二七日被控訴人から蔡謀邦に対し内容証明郵便をもつて本件土地の賃貸借契約を賃料不払を理由として解除する旨通知し、移築前の本件建物の収去、土地明渡を催告した。

(十)  同年九月九日被控訴人から蔡謀邦に対し、同人が主張する同人と蔡江泉との間の金銭貸借関係は被控訴人に何の関係もないとして、建物収去、土地明渡及び延滞賃料の支払を催告した。

(十一)  同年一〇月一日被控訴人は蔡謀邦に対し予備的に再度本件土地賃貸借契約を解除した。

(十二)  昭和四一年一〇月二五日被控訴人は関はなに対し神戸地方裁判所昭和四一年(ヨ)第七六〇号仮処分決定に基づき占有移転禁止の仮処分を移築前の本件建物の一階G部分及び二階部分につき執行した。

(十三)  昭和四八年蔡謀邦死亡。

(十四)  昭和四九年一月一四日被控訴人は移築後の本件建物に本件広告用工作物(ネオン看板、行灯用看板)の取付を楠本ネオン株式会社に発注し、同社はその頃鉄骨軸組詳細図、同年二月二〇日壁面ネオン広告板取付姿図、同看板寸法図、壁面行灯看板の看板寸法図、鉄骨図を作成した。

(十五)  同年四月頃被控訴人は自己の費用で移築後の本件建物G部分北側の壁面に本件広告用工作物(ネオン看板及び行灯看板)を建物本体の柱にボルト等で接合し、接合部分の上を壁面の一部としてモルタル吹付を施して、はめこみ式のように取付けたもので、壁面や看板の一部を破壊することなしに取り外しは困難である。

(十六)  同年九月一日本件建物の新築(仮換地による移築)が完成。

(十七)  昭和五〇年二月二八日被控訴人は蔡謀邦の承継人蔡妙子及び関はならに対する訴につき神戸地方裁判所から本件建物収去、土地明渡(但し、関はなは本件建物G部分の退去、建物敷地の明渡)を命ずる勝訴判決の言渡を受けた。

(十八)  昭和五一年三月二五日右判決に対する関はならの控訴につき大阪高等裁判所は控訴棄却の判決言渡。

(十九)  同年一二月一四日右事件につき最高裁判所は上告を棄却、判決が確定した。

(二十)  昭和五二年二月五日神戸地方裁判所は被控訴人に右判決につき執行文を付与。

(二十一)  同月一二日被控訴人の申立に基づき神戸地方裁判所執行官は関はならに対し執行期日(昭和五三年一月二七日)を通知。

(二十二)  昭和五三年四月二五日控訴人は被控訴人に対し右(十七)〜(二十)の判決の執行につき第三者異議の本訴を神戸地方裁判所に提起。

(二十三)  同年五月四日被控訴人は控訴人に対し本件看板撤去土地明渡請求の別訴を神戸地方裁判所に提起。

以上の各事実を認めることができ、他にこの認定を覆えすに足る証拠がない。

二本件広告用工作物の独立性ないし附合の抗弁の検討

(一)  控訴人は本件広告用工作物が独立の動産又は不動産であると主張し、被控訴人はこれが本件建物に附合したものであると抗弁するのでこの点につき検討する。

前認定一の各事実とくに一(四)ないし(七)、(十四)、(十五)、(十六)の事実を考え併せると、移築後の本件建物G部分に取付けられている本件広告用工作物(ネオン看板及び行灯看板)は本件建物本体の柱にボルト等で接合し接合部分を壁面の一部としてモルタル吹付が施行されているものであつて、本件建物G部分北側の壁面及び看板の一部を毀損しないで分離することができないものであり、完全な状態で分離復旧させることが事実上不可能な程度に附着しているが、物理的には右ボルト等で接合した壁部分及び看板支柱部分の一部を若干毀損すれば本件広告用工作物を分離させることができないでもない反面、本件広告用工作物は、①その物理的構造上、本件建物の構成部分をなしているものではなく、とくに看板部分は独立しており、②またその利用上、建物自体の効用とは別個の経済的効用としての広告機能を有し、社会経済的観念上全然独立の存在価値を有するものであり、③しかもその設置目的ないし意思において、控訴人が本件建物所有者である亡蔡謀邦の承諾を得て本件建物G部分の賃借人関はならとの間で同壁面部分の使用、広告用工作物設置契約に基づき設置したものであることが認められる。

(二)  以上の事実関係によれば、本件広告用工作物は、本件建物の従として附合したものともいえないのみならず、控訴人が他人の不動産に自己の物を附属させて利用する権原に基づき附属させたものであつて、民法二四二条の規定の趣旨に照らし控訴人がなおその所有権を有するものというべきである。したがつて、同条の附合により被控訴人の所有に帰したという同人主張の抗弁は採用できない。

三本件広告用工作物の動産性と民訴法(旧)七三一条による建物収去土地明渡執行との関係

(一) 前認定一(四)ないし(七)、(十四)、(十五)、(十六)の事実を総合して考えても、本件広告用工作物が控訴人の仮定的主張のように土地に定着する物で不動産であると認めることはできないし、建物に附着したものはこれを媒介として地盤に支持されているからすべて不動産に当るとする控訴人の主張はたやすく採用することはできない。したがつて、本件広告用工作物は土地とその定着物以外の物たる動産であり、執行手続上も本件建物収去、土地明渡の強制執行の「目的物でない動産」に当る。そうすると、被控訴人主張のようにその執行は民訴法(旧)七三一条三項(民事執行法附則四条一項、同法一六八条四項参照)により、執行官がこれを取除いて債務者などに引渡して執行を完了すべき場合に該当するようにもみえる。

(二) しかしながら、不動産の引渡等の執行において執行官が取除き債務者等に引渡すべき「強制執行の目的物でない動産」とは、それが債務者の所有であるか第三者の所有であるかを問わないけれども、債務者の直接占有に属するものであることを要するし、第三者の所有物である場合にはその動産を取除くことが著るしく困難であつて、その物理的経済的価値の大半を毀滅しなければ取除けないものをも含むものではないと解すべきである。けだし、不動産の引渡ないし明渡執行によつてその債務名義の債務者でない第三者に対し債務名義なしにその占有権を奪取したり所有権を侵害することは許されないからである。そして、前認定一の各事実とくに一(四)ないし(七)、(十四)、(十五)、(十六)の各事実を考え併せると、本件建物G部分の外壁に付着している本件広告用工作物はその所有者である控訴人が直接占有し、関はなはその電気の点滅、修理の要否等を看視している控訴人の占有補助者ないし占有機関に過ぎないこと、及び本件広告用工作物を本件建物G部分から取除くには本件広告用工作物の物としての価値ないし経済的価値を著るしく毀損することなしに行なえないことが推認でき、他にこの認定を覆えすに足る的確な証拠がない。

(三)  したがつて、本件広告用工作物は本件建物収去、土地明渡の強制執行において、民訴法(旧)七三一条三項(民事執行法附則四条一項、同法一六八条四項参照)に基づき執行の目的でない動産としてこれを取り除いて債務者等に引渡すべきものとはいえないと考える。

四控訴人の本件建物G部分壁面占有の検討

(一) 前認定一の各事実、とくに一(四)ないし(七)、(十四)、(十五)、(十六)の事実を総合すると、控訴人は前示二のとおり本件広告用工作物は本件建物自体とは社会経済上別個、独立の存在価値を有し、広告用工作物設置契約に基づき本件建物に附属させたものであるが、建物本体の柱にボルト等で接合し接合部分上の壁面の一部としてモルタル吹付をしてはめこみ式のように施行され、広告用工作物全体が壁面に密着しており、本件建物G部分北側の壁面や広告用工作物自体等を毀損しないでこれを分離できない程度に附着していることが認められ、これらの事実を考え併せると、控訴人は自己の商品の広告をなすため本件広告用工作物を所有することによつて、社会観念上それが右のように附着している本件建物G部分のうちその壁部分につき事実上の支配をしていること、前示占有の権原の性質に照らして控訴人が右壁面の事実上の支配によつて広告機能を発揮するという事実上の利益を自分に帰属させようとする意思を有することが推認でき、他にこの認定を覆えすに足る証拠がない。とすれば、控訴人は本件建物G部分のうち右壁部分を自己のためにする意思をもつて所持しているのであつて、民法一八〇条に照らし、これを直接占有するものといわねばならない。しかしながら、前認定一の各事実を考え併せても控訴人が右壁部分(看板の支柱等を含む)以外の本件建物G部分を占有しているとの控訴人主張の事実を認めることができず、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

第三建物収去土地明渡の強制執行と建物占有者の第三者異議

一建物収去土地明渡の強制執行に当たり第三者が建物の全部又は一部を占有している場合には、その第三者が土地を占有するか否かに拘らず、土地明渡の執行は別としても、建物収去の代替執行である強制執行をなすに当たり、その抵抗を排除するための強制執行受認の債務名義として家屋退去など(本件では本件広告用工作物撤去)の債務名義を必要とするのであつて、これがないときには建物の全部又は一部の占有者である第三者はその執行を妨げる権利(占有権)を有するものとして、第三者異議の訴を提起し得る。

二即ち、建物収去土地明渡の強制執行に対し建物の全部又は一部につき占有権を有する第三者は、その占有権をもつて執行の目的物の「引渡しを妨げる権利」にあたるものとして第三者異議の訴の理由とすることができるが、その占有が執行債権者に対抗しうる正権原に基づくものであることは、特段の事情のない限り、必要とするものではない(大判昭六・三・三一民集一〇巻一五〇頁、最判昭三八・一一・二八民集一七巻一一号一五五四頁、最判昭三九・一一・二〇裁判集民事七六巻二三三頁、最判昭四〇・二・二裁判集民事七七巻二〇七頁など参照)。

第四権利濫用の抗弁の検討

〈証拠〉によると被控訴人主張の権利濫用の抗弁のうち関はな等本件債務名義の債務者らが「世界長訴訟支援借家人同盟」を組織している事実は認められるが、控訴人が右債務者らの依頼を受けて本件債務名義の執行を引延ばし、執行の妨害を図るため本訴を提起したものであるとの事実その他、本訴が権利濫用に当るとの事実は本件全証拠によるもこれを認めるに足らない。

したがつて、被控訴人主張の権利濫用の抗弁を採用できない。

第五訴外関はなの退去執行と控訴人の第三者異議

本件債務名義中、訴外関はなの本件建物G部分からの退去、その敷地の明渡を命ずる部分の執行は控訴人の本件広告用工作物及びこれが附着する本件建物部分(壁、支柱を含む)の占有権を何ら侵害するものではないから、この占有権は訴外関はなに対する右執行を妨げる権利とはいえないし、本件全証拠によるも控訴人が右執行を妨げる権利を有するとの事実を認めるに足りない。

第六結論

以上のとおりであるから、その余の判断をするまでもなく、控訴人の本訴請求のうち主文第二項記載の部分を認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。よつて、これと異なる原判決を主文のとおり変更し、本件強制執行停止決定を一部認可したうえこれに仮執行の宣言を付し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(村上博巳 吉川義春 藤井一男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例